元大学職員のスピーチ

元大学職員。PR会社に転職しました。//大学職員の仕事、大学職員論、大学教育に関する話題はこちらに書きます。//noteでは、広報PR、働き方などを発信中。https://note.com/mariehoshino

大学職員も、企業と同じで働き方いろいろ。

日経doorsのFacebookをフォローしてるのだが、TLに流れてきた記事がたまたま大学職員の記事だったので、ツイッターでシェアした。

doors.nikkei.com

 

ブラック大学職員だよ!!とセンセーショナルに書いたけど、まあ松宮さん、とあるさんがTwitterで書かれている通りだと思うので、こちらのブログにも貼らせていただきたい。

 

大学職員はホワイトだから転職したい。ブラックだから辞めたい。

極端な議論が目につきやすい。

でも、倉部さんが書かれている通りで、企業と同じで大学職員もいろいろだと思う。

 

ホワイトだから転職したいという方には、どんな働き方が理想なのかもう一度考えた上で、もっと情報収集をすることをお勧めしたい。辞めたい方もしかり、かも。どんな働き方、どんな仕事の仕方が自分に合っているのかよく考えた方が後悔なく次のステップに進めると思う(私も散々悩んで、考えました)。

 

以上です。

 

転職します。

タイトルの通り、転職します。

6月末で現在の大学を辞め、7月から小さなPR会社でPRアドバイザー兼営業的な立ち位置で働くことになりました。

 

転職理由は3つ。

①やっぱり広報PR系のことに携わりたい、広報PR系で専門的に仕事ができるようになりたいと思った。

②パートナー氏の海外転勤(家族の同行必須)を見据えて、仕事のブランク期間があっても復職しやすい経験を積みたい。

③娘を含め、自分の家族がこれからどういう状態になるか分からない。自分が家族のことも柔軟にやれるように(家族のことも十分にコミットしてやりたい気持ちがあるし)、いずれ一人でも仕事ができるような力をつけたい、経験を積みたい。

 

広報PRの仕事は、これからの時代需要がある仕事だと思います。広告では物が売れない時代。いかに信憑性の高い情報を、第三者から見ても価値のある情報をターゲットに届けられるか。ここが鍵になってくる。AIにも奪われない仕事の一つだと思っています。

 

で、私はその広報PRの仕事が結構好きです。その仕事で一人前になりたいと思うようになりました。

 

大学職員を続けようと思っていました。でも、今後の自分の生き方を考えた時、まだ20代の今のうちに、しっかり目指す方向に向かって経験を積みたい気持ちが高まり、今回の決断に至ります。

 

新しい職場は原則定時のフルタイムです。

正直、仕事の時間は伸びるので、子育てとの両立は大変になると思います。でも、ありがたいことにパートナー氏の協力も得られるし、新しい職場も私が子育て中であることを理解した上で採用してくれました。家族を第一に、仕事を第二で考えなさいと言ってくれた職場です。ワーキングマザーの先輩も何人かいるそうです。

大変だろうけど、そういう環境の中でなら私も頑張れるんじゃないかと思っています。不安も沢山ありますが、新しい仕事は楽しみでもあります。

 

今の職場では、上司や先輩に本当に恵まれていました。みなさん本当にいい人たちでした。若手の意見も取り入れてくれて、いろんな相談にのっていただき、いろんなアドバイスをもらいました。

私の仕事への姿勢、基礎力を作ってくれた上司や先輩には感謝しかないです。生意気な新卒だった私にいろんな仕事を任せていただいて、小さな組織だったこともあいまって、5年目でも本当に沢山の経験を積ませていただいたと思います。この大学で経験したことがあるからこそ、今の私があるのだと思います。転職しても、今の職場の方々とはゆるいつながりを続けていけたら嬉しいなあと思っています。

 

このブログはこれから、大学職員、大学関係のことも関心があるので書き続けますが、広報PR系の話題も増えると思います。更新頻度は落ちると思いますが、よければのぞいていただけると嬉しいです。

 

以上、ブログを通じて皆様にご報告でした。

復帰から1週間。

復帰からおよそ1週間が経とうとしている。

細かく状況を書くとバレそうなので控えるが、異動先では正直マミートラック的なものを感じないでもない。

 

仕事がない。

 

ちょっと今、モチベーションとともに、働く意味も失いかけている。私ってなんのためにここで働いてるんだっけ?何のためにここにいるんだっけ?

 

過去のブログに、ワーママでも働きやすいし仕事を任せてもらえるからこの職場を選んだと書いたのだけど、まさかこんな展開になるとは思わなかった。こういう事例もあります。

 

ただ、直属の上司が私の今の状況を気にかけてくれているのが救い。何か変わるといいのだけど。

 

器はあっても中身がないんじゃ、何にもならない。

中途採用人材を活かしきれない問題

あるよなあと思う。

企業にもそういう問題は十分あるのだと思うけど、大学も結構な割合で中途人材活かしきれていないのではないかと思う。

 

せっかく優秀な人を採用したのに、その人のこれまでの経歴を活かせない配置をしたり。そもそも、生え抜きの職員たちが中途採用の方々をあまり歓迎していなかったり。

 

穴埋め的な感じで異動させることが多いの、そろそろ時代に合わないんじゃないかなあと個人的に思っていたりする。特に私大は大学として向かう方向性があって、そこを目指していくために必要な能力を持った(あるいはポテンシャルのある)人を採用していく。採用ってそういう風にするものじゃないの、と思う。

 

新しい方が入っても、「ああ、また適材適所にはならないんだろうなあ」と思うと、横から見ているこっちがもどかしかったりする。せっかく志高く入ってきたのに、途中で折れてしまって辞める人もよく見てきた。

 

志高く頑張っている人が、孤軍奮闘する状況は12年前とあまり変わっていないらしい。

www.unipro-note.net

そろそろいい加減、変わらないといけないと思う。(変化済みの大学もきっとあるのだとは思うけど)

 

どうしたらいいのかなあ、と思う。

明日から、仕事復帰。

約1年の育休も終わり、明日からいよいよ仕事復帰。

長かったような、短かったような。

 

復帰後、前にいた部署には戻らないことになった。異動というやつ。

広報でやりきったわけではないので、結構複雑な気持ちを持っている。

せっかく磨いた広報のスキルはどうしたらいいのやら。腐らせるのは勿体無いなあと思う自分もいたり、異動先の仕事を作り上げたらそれはそれでやりがいあるのではと思う自分もいたり。

 

子育てと仕事の両立は、まあなんとかなる気がしている。

ルンバとホットクックがあれば、とりあえず家事は回していける。

 

前ほど仕事へのモチベーションが上がらないの、何故だろうなあ。

職場に行けば、また変わるかなあ。

 

 

初心忘れるべからず。

昨日から、新年度が始まった。このブログの読者の中にも、新入職員として大学で働き始めたという方もいるだろうか。

多くの大学は研修期間を経てから配属されることがほとんどだと思うので、これからどんな研修があるのか、どの部署に配属されるのか、働く仲間はどんな人たちなのか、楽しみにしている人も多いのではないだろうか。

 

大学職員を志した理由は様々あるだろうが、やっぱり初心を忘れないでほしいなあと思う。

 

不本意な部署に配属されるかもしれない。上司が自分と合わなくて苦労するかもしれない。教員と学生、他部署の間に板挟みになるかもしれない。この仕事、意識をしていないと「誰のためにその仕事をするのか」という部分を忘れがちになってしまう。

 

どんなに小さな仕事でも、その仕事の先に誰がいるのかは意識をして欲しいと思う。自分の仕事は学生のためになっているのか?高校生のためになっているのか?もっといいやり方はないのか?

 

人それぞれ、いろんな答えがあると思う。

大学職員の仕事、今目の前の仕事は誰のためにあるのか?

新年度になったからこそ、改めて意識して考えておきたいなあと思う。

 

親も自分の人生を楽しんで生きるべき。

親が自分の人生を楽しんで生きる。これ、すごく大切なことだと思う。

 

自分の親にこんなことを言われたことがあるだろうか。

「10代っていいなあ。楽しいだろ。羨ましいなあ。」

冗談ならまだいい。冗談ではなく、半分本気で羨ましそうに言われたとしたら、どうだろう。

 

若いことが羨ましい。私は自分の父親に、何度も言われたことがある。その度に「大人になると人生楽しくないのか」と思ったし、大人になるのが、働くのが嫌だと思った。

 

でも、私自身が大人になってみて、親になってみて思う。大人って楽しいじゃん。自分でなんでも決められて、行動できて、やりたいことを実現できる。私は門限も厳しく、何をするにも親の制約のある環境で育ったから、自分の裁量でなんでもできる今の生活が本当に楽しい。

 

私の両親は、「子供のためだから」と自分たちの色々な行動を制限していた。自分が出かけて事故にあったら大変だからと、どこにも出かけない専業主婦の母親。平日は遅くまで仕事して、土日はゴルフか家族サービスに終始する銀行員の父親。二人とも趣味はあったけれど、子供が趣味に成り代わっていて、全てが子供、子供、子供、で回っていた。

子供が小さいうちはそれで良かったのだと思う。手がかかるし、目が離せない小さい子供のうちは、全てが子供中心に回っていても良かった。でも、子供が思春期に差し掛かって以降は、もっと親も自分自身のために行動して良かったのではないかと思う。

子供は親を見て育つ。子供を理由に行動しない親を見て育った私は、いろんな理由をつけて「行動できない人」になってしまっていた。それに気がついたのは25歳の時。もっと早くに気がついていれば、と悔やむことも時々ある。

 

親が自分の人生を生きていないと、その人生を楽しんでいないと、子供も「人生ってこんなものか」と思ってしまう。子供から色んな可能性を奪ってしまうことになるのだ。

 

親も自分の人生を楽しんでいい。やりたいことを、やれる時に、時間がかかってもいいからやっていくべきだ。親が自分で自分を充実させていないと、子供に過度に依存したり、過保護になったり、子供にいい影響を及ぼさないと思う。

 

そんなことをここ数日考えていたら、今日、オリラジの中田さんの記事を発見した。

dual.nikkei.co.jp

もっといい親になりたい、なろうとする理想も捨てませんか。

 周囲からとんでもない親だと批判されても、いいんです。何よりも大事なことは、娘と息子が今日も笑っていること。採点者は、ママでもパパでも周囲の人間でもない。今日も子どもが笑顔で育っている、それで採点は済んでいます。妻はいい母親だし、僕もいい父親じゃないかって、夫婦で認め合えばいいと思うんです。

 もっともっと気を抜く。親も自分のやりたいことをする。

 僕たちがなるのは、いい親じゃなくて「楽しんでいる親」。親が百のことを語るよりも、親自身が懸命に人生を楽しむ姿を見て、子どもは勝手に吸収していきますよ。

本当に、ここに書かれている通りだと思う。「いい親」じゃなくて、「楽しんでいる親」を目指すのだ。

 

私は1人の女の子の母親だ。だけど、母親だから色々な行動を制限するのではなくて、欲張りたい。家族も仕事も趣味も。毎日を楽しみながら、なりたい自分を目指して生きていくのだ。